大判例

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大分地方裁判所佐伯支部 昭和53年(ワ)48号 判決

原告

小野妙子

ほか二名

被告

佐伯市

ほか三名

主文

一  被告佐伯市上び被告日本鋪道株式会社は、各自原告小野妙子に対し金三三四万一五四六円〔更正決定金二八四万一六四六円〕、原告小野豊及び同小野トミ子に対し各金八四〇万二七五一円〔更正決定金八一五万二七五一円〕と、右金員のうち原告小野妙子につき金三〇四万一五四六円〔更正決定金二五四万一六四六円〕、原告小野豊及び同小野トミ子につき金七七〇万二七五一円〔更正決定金七四五万二七五一円〕に対する昭和五二年五月四日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告佐伯市及び被告日本鋪道株式会社に対するその余の各請求、被告御手洗道夫及び被告中央交通株式会社に対する各請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告らと被告佐伯市及び被告日本鋪道株式会社との間において生じたものはその二分の一を被告佐伯市及び被告日本鋪道株式会社の、その二分の一を原告らの各負担とし、原告らと被告御手洗道夫及び被告中央交通株式会社との間において生じたものは原告らの負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の申立

一  原告

1  被告らは各自原告小野妙子に対し金一六四四万三八三九円、原告小野豊及び同小野トミ子に対し各金一四八〇万三八四八円と、右各金員のうち原告小野妙子につき金一五六四万三八三九円、原告小野豊及び同小野トミ子につき各金一四〇〇万三八四八円に対する昭和五二年五月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言申立。

二  被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者双方の主張

一  原告ら(請求原因)

1  当事者

原告小野妙子(以下原告妙子という。)は亡小野新三(以下亡新三という。)の妻であり、原告小野豊(以下原告豊という。)及び原告小野トミ子(以下原告トミ子という。)は亡新三の両親であつて、原告らは亡新三の全相続人である。

2  交通事故の発生

(一) 発生日時 昭和五二年五月四日午後八時四四分項

(二) 発生場所 佐伯市長島区一三班管政建設前路上

(三) 加害車 普通乗用自動車(大分五五あ四〇七〇)

右運転者 被告御手洗道夫

(四) 被害車 自転車(ミヤタミニサイクル二四インチ)

被害者 右運転者亡新三

(五) 事故の態様

亡新三は、自転車に乗つて前記道路を東区方面から来島区方面に向つて進行中来島方面から東区方面に向つて進行してきた加害車を認め、これを避けようとして道路左端に寄つたところ、当時道路土質試験工事のために右道路が堀られ、冠水のため識別不可能であつた縦九七センチメートル、横九三センチメートル、深さ一〇ないし一五センチメートルの窪地に自転車の車輪をとられ、そのため、前方から進行してきた加害車の前方に自転車もろとも転倒して加害車に頭部を轢かれ、左側頭骨々折、左頭部開放性脳挫創により即死した。

3  被告らの責任

(一) 被告日本鋪道株式会社(以下被告日本鋪道という。)

被告日本鋪道は、被告佐伯市から依頼をうけた道路舗装工事施行のために、昭和五二年四月一九日から本件事故現場で土質検査を行い、右検査のそめ本件事故現場で採土してその後埋土工事したが、右埋土工事が不十分であつたため縦九七センチメートル、横九三センチメートル、深さ一〇ないし一五センチメートルの窪地が生じ、雨天後は冠水のため、右窪地が識別できない状況にあつた。被告日本鋪道は、右道路状況を十分知つていたものであつて右道路が人や車両の往来が頻繁であるうえ雨天後や夜間は右窪地の識別が不可能となるから、右窪地が通行人や自転車等の進行に危険を及ぼすことを容易に予見することができた。被告日本鋪道は、かかる道路状態にあつたから事故の発生を未然に防止するため窪地に十分な埋土をして周囲路面との段差をなくす措置をとる義務があるのに、前記状況のままに放置した。本件事故は本件道路の右窪地に被害車が入り車輪をとられて転倒したものであり、右土地工作物の保存に瑕疵があつたことに起因するものである。被告日本鋪道は、その占有者として民法七一七条一項により原告らの被つた損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告佐伯市

被告佐伯市は、本件道路の維持管理に当つていたところ道路上に生じた前記窪地が人や車両の通行の安全を阻害すべき状況にあるのに何らの安全を確保すべき措置をとらず、その管理に瑕疵があつた。そして、亡新三は、そのため本件事故に遭つたものであつて、被告佐伯市は民法七一七条一項により原告らが被つた損害を賠償すべき責任がある。

(三) 被告御手洗道夫(以下被告御手洗という。)及び被告中央交通株式会社(以下被告中央交通という。)は、加害車を保有し、本件事故当時自己のために運行の用に供していたから自賠法三条により本件事故によつて生じた原告らの損害を賠償する責任がある。被告御手洗は、本件事故現場を進行していたが当時右道路には中央線がないうえ降雨のため道路半分が冠水して人や自転車の通行範囲が極めて制限されていたから、夜間右場所を通行するに際しては対向自転車についてはその動静に注意し、離合間隔を十分にとつて徐行し、異常を認めたときは直ちに停車して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り本件事故を発生させたものであつて、民法七〇九条により原告らの蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

(四) 共同不法行為の成立

本件事故は被告らの右各行為が関連しあつて惹起されたものであるから、被告らは民法第七一九条一項により共同不法行為者として連帯して原告らの被つた全損害を賠償すべき義務がある。

4  損害

本件事故により亡小野新三は次のとおり損害を被つた。

(一) 葬祭費 金四〇万円

(二) 治療費 金一万七〇〇〇円

(三) 逸失利益 金六〇六一万五三九三円

(別紙逸失利益計算表のとおり)

(四) 慰謝料 金一〇〇〇万円

計金七一〇三万二三九三円

5  相続

原告らは亡新三の全相続人であつて、右損害につき、法定相続分により相続した結果、原告妙子の相続分は金三五五一万六一九六円、原告豊及び同トミ子の相続分は各金一七七五万八〇九八円となる。

被告佐伯市

1  請求原因第1項の事実は認める。

2  同第2項の(一)ないし(四)の事実は認める。同(五)の事故の態様は否認する。

3  同第3項中、被告佐伯市が本件道路の管理者であること被告佐伯市から依頼を受けた被告日本鋪道が本件道路で土質検査を行い、右検査のため本件事故現場で採土してその後埋め土工事をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

同第3項の(四)の共同不法行為の主張は争う。

4  同第4項の損害については争う。

5  同第5項の相続の事実は認めるが、相続金額は争う。

6  同第6項の事実は認め、利益に採用する。

7  同第7項の事実は不知。

8  本件窪地の存在と亡新三の死亡との間に因果関係がない旨の主張

被告日本鋪道の答弁第8項の主張に同じ。

9  過失相殺の主張

仮に被告佐伯市に損害賠償責任があるとしても、亡新三は、夜間飲酒のうえ自転車を運転し、前輪発電式前照燈を点灯し前荷かごに重量約五・三キログラムの荷物を積んで比較的運転しにくい状態で進行中、前方より加害車が進行してくるのを認めたうえ水たまりの中に入つて進行しようとしたのであるから、かかる場合一旦停止するなどして離合を容易にすべきであり且つ容易に右措置もとりえたのにこれを怠つて安易に水たまりの中を進行したものであつて本件事故に至るについて過失があり、損害賠償の額の算定にあたつては、右過失を斟酌すべきである。

被告日本鋪道

1  請求原因第1項の事実は不知。

2  同第2項の(一)ないし(四)の事実は認める。同(五)の事故の態様は否認する。

3  同第3項の(一)のうち、被告日本鋪道が昭和五二年四月一八日本件道路を管理する被告佐伯市から長島土地区画整理事業のために土質試験業務の委託を受けて本件事故現場で土質検査を行い、右検査のため本件事故現場で採土してその後埋め土工事をなしたこと、その工事部分が同年五月四日当時雨水により冠水していたことは認めるが、その余の事実は争う。

同第3項の(四)の共同不法行為の主張は争う。

4  同第4項の損害については争う。

5  同第5項の相続の事実は不知、相続金額は争う。

6  同第6項の事実は認める。

7  同第7項の事実は不知。

8  本件窪地の存在と亡新三の死亡との間に因果関係がない旨の主張

本件事故は、その理由が何かは不明であるけれども何らかの理由で亡新三が本件事故現場付近に寝るか、坐り込むかしていたところ、現場を通りかかつた加害車に轢過されたものと推測されるものであつて、被告日本鋪道が工事をした本件窪地と亡新三との死亡の間には何ら因果関係がない。

被告御手洗及び被告中央交通

1  請求原因第1項の事実は認める。

2  同第2項の(一)ないし(四)の事実は認める。同(五)のうち、亡新三が加害車の前方に転倒したことは否認し、その余の事実は認める。

3  同第3項の(三)の被告中央交通が加害車を保有し、本件事故当時自己のためにこれを運行の用に供していたことは認める。

被告御手洗の過失の事実は否認する。

同第3項の(四)の共同不法行為の主張は争う。

4  同第4項の損害については争う。

5  同第5項の原告らの相続は認めるが、相続金額は争う。

6  同第6項の事実を認め利益に採用する。

7  同第7項の損害は争う。

8  抗弁並びに被告御手洗の無過失の主張

被告御手洗は本件加害車を運転し、来島方面から東区方面に向け時速約四〇キロメートルの速度で本件道路を空車で進行し、本件事故現場手前約二二メートルにさしかかつたところ、折から雨合羽を手に通さず肩から引つかけた状態で自転車に乗り対向して来る亡新三を認めたので直ちに速度を約二〇キロメートルに減速徐行したうえ亡新三と二ないし三メートルの間隔を保つた状態で進行離合しようとしたところ、亡新三が突然加害車の方向に飛び込んできたのを認めて危険を感じ、ハンドルを左に転把し急停車の措置をとつたが間に合わず、加害車の右後車輪で亡新三の頭部を轢過したものである。右のとおり、被告御手洗には加害車運転に過失はなく、本件事故は、もつぱら亡新三が加害車に飛び込んで来たために起つたものであり、その行動の原因は道路を掘つて窪地を作つたままこれを放置したことにある。また、加害車には構造上の欠陥や機能の障害はなかつた。

三  被告中央交通の抗弁に対する認否

被告御手洗が無過失であることを否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因第1項の事実については、原告らと被告佐伯市、被告御手洗及び被告中央交通の間に争いがなく、原告らと被告日本鋪道との間においては成立に争いのない甲第一号証によつてこれを認めることができる。

同第2項の(一)ないし(四)の事実については原告らと全被告間に争いがない。

被告佐伯市が本件事故現場付近の道路を占有管理していること被告日本鋪道が右道路の土質検査について被告佐伯市から委託を受け、右検査のために本件事故現場で採土してその後埋め戻し工事をしたことは原告らと被告佐伯市及び被告日本鋪道との間に争いがない。

被告中央交通が加害車を保有し、本件事故当時自己のために運行の用に供していたことは、原告らと被告中央交通との間に争いがない。

請求原因第6項の事実については原告らと全被告間に争いがない。

二  本件道路の状況並びに本件事故発生状況について

1  成立に争いのない甲第二、第五号証、本件事故現場の写真であることは当事者間に争いなく、証人小野堯一の証言により同人が昭和五二年五月五日右写真を撮影したものと認められる甲第六号証の一ないし五、証人小野堯一及び同満嶋孝知の各証言並びに被告御手洗道夫本人尋問の結果によれば本件事故現場は、佐伯市長島区一三班先にある幅員六・六メートルのアスフアルト舗装の南西方面から東北方面に通じる直線の佐伯市道であつて右道路は見とおしはよいが、本件事故発生当時は夜間であつて付近には照明がなく暗い状況にあつた本件事故発生直前には可成りの降雨があり、本件事故当時の昭和五二年五月四日午後八時すぎにも小雨が降つていたが、そのため右道路の南東側は道路中央付近まで冠水状態にあつた。そして、右冠水状態の道路中央付近には一辺が約一メートルのほぼ正方形に路面が切り取られた穴が存在し、それに深さ約一〇センチメートルの窪みが生じていたが、冠水のためその穴の窪みが外見上かくれて見えない状況にあつた。亡新三は、自転車に乗つて前輪発電式装置を作動させて前照灯を点燈し前記道路を東北方面から南西方面に向けて進行して本件事故現場に至つたところ、道路が前記のとおり冠水して道路中央付近にまで水が及んでいたため、道路中央付近を進行した。被告御手洗は、加害車を運転し、前記道路を南西方面から東北方面に向け時速約四〇キロメートルの速度で進行したところ、前方約二六メートルの道路中央付近を亡新三が対面して進行して来るのを認めたが、その直後凡そ六メートル進行したところ前方約一七メートルの道路中央付近で亡新三の自転車が急によろめいたのを認めてとつさに左に転把したが速度はそのままの状態で進行したところ、約一一、二メートル進行した時加害車の右後輪でその場に転倒した亡新三の頭部を轢過した。被害自転車は、事故直後道路中央付近、亡新三の進行方向に右を下にして倒れており、亡新三は自転車の後輪付近に足を置き頭を北西に向け道路にほぼ直角になるようにうつ伏せの状態で倒れていた。亡新三が、転倒した原因が本件現場の穴の窪みによるものかについて、被告佐伯市及び被告日本鋪道株式会社はこれを否認し、被告御手洗及び被告中央交通はこれを肯認するので考えるに、被告御手洗本人尋問の結果によれば、被告御手洗は、亡新三の自転車を発見した時その進行状況に格別変つたところも認めなかつたところ、その直後、亡新三が急によろめいたと思ううち自由を失つたような恰好で自転車を投げ出すようにして転倒したのを目撃した。被告御手洗は、現場に至つた警察官から取調べを受けその際右目撃状況を報告したところ、警察官からその報告について疑いを持たれたので亡新三がよろめいた付近を指示し、その付近を警察官が手さぐりしたところ冠水のためかくれてみえなかつた前記道路の穴の窪みが発見された。

以上の事実が認められ、右事実によれば、冠水で穴の窪みがみえないのに被告御手洗が亡新三が急によろめいた地点を示し、その位置に右穴の窪みが発見されたことからみて、被告御手洗の目撃状況は可成り正確なものがあるものと認められ被告御手洗が目撃した亡新三の自転車が急に右穴の窪み付近でよろめき、そのよろめく様子も異状であつたことからみれば、亡新三は、右穴の窪みに自転車を乗り入れて自転車の運転操作に支障をきたして転倒したものと認められる。

2  本件道路の瑕疵

道路の構造は当該道路の存する地域の地形、地質その他の状況及び当該道路の交通状況を考慮し、通常の衝撃に対して安全なものであるとともに、安全かつ円滑な交通を確保することができるものでなければならない(道路法二九条)ところ、本件の道路状況は佐伯市街地内にあるアスフアルト舗装道路の市道であり、交通も自動車、自転車等が常時通行する道路と認められ、右道路のほぼ中央に前記認定のとおり一辺が約一メートルのほぼ正方形をなした深さ約一〇センチメートルの切り取つた穴の窪みが存在することは、右道路の構造として要求される要件を欠いたものといわざるを得ず、しかも、当時降雨があれば道路が冠水し、その穴の窪みが全く見えなくなる状態に置かれていたことをみれば本件道路は正常な性能を備えているものとはいえず、瑕疵があつたものと認められる。

三  被告佐伯市及び被告日本鋪道の責任について。

被告佐伯市及び被告日本鋪道が本件事故現場付近の道路をともに占有管理していたことは当事者間に争いがない。そして、右管理道路には前記のとおりの瑕疵があつたから、同被告らは本件道路の管理について瑕疵があつたものというべきである。また、前記認定の事実によれば、亡新三が本件事故に遭遇したのは、本件道路の前記瑕疵が一因をなしていることも明らかであつて、右瑕疵と亡新三の死との間には相当因果関係があるものと認められる。従つて、被告佐伯市及び被告日本鋪道は民法七一七条一項、七一九条一項により原告らの蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

四  被告御手洗及び被告中央交通の責任

被告御手洗が、同被告運転の加害車の右後輪で亡新三の頭部を轢過したことは前記認定のとおりである。そこで、被告御手洗に加害自動車運転について過失があつたかを検討するに、前記認定のとおり被告御手洗は、はじめて亡新三が自転車に乗つて本件道路中央付近を対面進行してくるのを認めた時亡新三の自転車運転に異状を認めなかつたから、自動車運転者としては道路左側を通行すれば亡新三も道路中央付近からその進行方向左側に寄り、亡新三との間隔も開いて安全に通行し得ると思うのは当然であり、冠水があつたとしても亡新三が右のとおり進行すると期待することができるものといえる。従つて、この時被告御手洗が毎時四〇キロメートルの速度でそのまま加害車を運転したことは、何ら過失はなかつたものというべきである。そこで、右亡新三の進行状況が突然変化し、急によろめくようになつたのを目撃した時の被告御手洗の加害車運転に過失があつたかを検討するのに、成立に争いのない甲第二号証並びに被告御手洗本人尋問の結果によれば、被告御手洗は、前記のとおり加害車を運転進行していたところ、前方約一七メートルの位置で亡新三が急によろめいたのでとつさに左に転把し、そのままの速度で進行したところ亡新三がふらふらしながら対面進行してきて加害車とすれちがう位置付近で自転車をなげ出すように倒れかかり、その直後加害車の運転席付近に頭から飛び込むようにして加害車の方に向つて倒れ、その結果加害車の右後輪で亡新三の頭部を轢過したことが認められる。普通乗用自動車を時速四〇キロメートルの速度で運転する者が、前方に異状を認めて急制動をかけて停車した場合、凡そ八メートルの空走距離と乾いた舗装道路で一〇メートルの制動距離を要し、雨天で路面がぬれている時は路面とタイヤとの間の摩擦が減少して制動距離が一層伸長することとなるのは経験則に照らして認められるところである。本件において被告御手洗が亡新三の自転車が急によろめいたのを認めたのは前方約一七メートルの位置であり、対面進行している自転車は被告御手洗が急制動をかけても加害車に向つて進行してその距離はせばまるから、前記経験則に照らせば急制動の措置をとつてこれとの衝突をさける為には相当の距離を要するものと考えられる。そして、前記証拠によれば、被告御手洗は亡新三がよろめくのを認めてから凡そ一一メートル進行した時点で車体に「ゴトリ」という異状な動揺を感じたこと、その現場で亡新三が頭部を轢過されたことが認められ、右事実によれば被告御手洗は亡新三の異状な運転状況を発見してから凡そ一一メートルの距離を進行する間にこれを避けなければならなかつた状態に置かれていたものと認められる。しかし、前記のとおり被告御手洗は時速約四〇キロメートルで進行し、亡新三が対面進行しているのを認めた時点で減速徐行すべき必要があつた事情もなく、この状況下にあつて、とつさに左に転把することは可能であつても急制動の措置をとつても亡新三が頭から飛び込むように倒れかかつてきて加害車に衝突するのを避けることはできなかつたものと認められる。以上のとおり被告御手洗には加害自動車運転に過失はないからその余の事実を判断するまでもなく原告らの被告御手洗及び被告中央交通株式会社に対する本訴請求は理由がない。

五  亡新三の過失について。

被告御手洗道夫及び原告小野妙子の各本人尋問の結果によれば、亡新三は、大分県佐伯市の渡町台小学校に教員として勤務していたものであるが、日頃職場の付合い等で飲酒の機会が多かつたところ、本件事故当日も家庭訪問予定の父母の都合上勤務を終えて午後六時頃担当児童の家庭訪問を行い、飲酒して帰宅の途中本件事故に遭遇した。被告御手洗は、事故直後警察官が行つた実況見分に立会い、警察官から亡新三が酒の匂いをさせているときいたことが認められる。

右事実によれば、その飲酒の程度は不明であるけれども、事故直後亡新三は、酒の匂いがわかる程度にまで飲酒していたことから考えれば、酒の影響を受けて自転車運転に際しとつさの場合に臨機応変の措置をとることが困難な状態にあつたものと推認され、前記認定のとおり亡新三が本件穴の窪みに入つてから転倒するまで約四・五メートル進行していることからみて、若し飲酒していなければその間に停車して立ち止り転倒することを避け得たのに飲酒の影響によりその措置をとることができずに本件重大事故に至つたものと認められ、本件事故発生については、亡新三にも過失があり、原告らの損害の額の算定にあたり右亡新三の過失を斟酌すべきである。

六  損害

1  亡新三の逸失利益 金五三六四万〇〇〇九円

(一)  給与等 金四一二七万三〇〇九円

成立に争いのない甲第七号証及び大分県条令によれば、亡新三は、昭和二四年四月三〇日生れの本件事故当時満二八歳の健康な男子であつて、昭和四八年四月一日大分県南海部郡鶴見町公立学校教員に採用され、本件事故当時大分県条令第三九号「職員の給与に関する条令」の「教育職給料表(ロ)教育職給料表(二)」の二等級一〇号給月額金一二万八一〇〇円の給与を受けていたことが認められる。そして、厚生省発表の昭和五三年簡易生命表によれば、亡新三はなお五一・五二年の余命があるものと認められ、教職員の場合、停年制はないけれども慣例により満五八歳に至るまで勤務が可能であると認められるから、本件事故に遭遇しなければ、亡新三は同年齢に達するまで勤務できたものというべきである。大分県条令三九号「職員の給与に関する条令」の昭和五二年当時の教育職給料表(二)(別紙給料表)によれば、亡新三は、本件事故当時同表の二等級一〇号給月額金一二万八一〇〇円を受けていたこと、そして、毎年一回、一号俸づつ満五六歳に至るまで同表の二等級三九号給まで昇給してゆくものと認められる。ところで、前記条令七条(初任給、昇格及び昇給の基準)七号には「職員の給料月額がその属する職務の等級における給料の幅の最高額である場合又は最高額を越えている場合にはその者が同一の職務の等級にある間は、昇給しない。ただし、それらの給料月額を受けている職員で、その給料月額を受けるに至つたときから二四月(中略)を下らない期間を良好な成績で勤務したもの、勤務成績が特に良好であるもの等については、その職員の属する職務の等級における給料の幅の最高額をこえて、人事委員会規則の定めるところにより昇給させることができる。」と規定され、同8号には、「前三項に規定する昇給は、予算の範囲内で行なわなければならない。」と規定されている。右条令の内容からすれば、右二等級三九号俸以上の昇給は特別規定であつて、亡新三が生存していたとしても、現在確実に右昇給に該当するだけの成績をあげえたかを推断することは困難である。従つて亡新三は、満五八歳に至つた昭和八二年一二月まで及びそれ以後の昭和八三年一月から同年三月まで二等級三九号俸を受けることができるものと考えられる。

次に、亡新三は、本件事故当時原告妙子と結婚し、扶養手当として月額金八〇〇〇円を得ていたことは甲第七号証により認めることができ、亡新三が退職するに至るまで同額の扶養料を得ることができたものと認められる。

次に、亡新三が給与の外毎月教職員調整額の支給を受けていたことについて考えるに、昭和四六年一二月二四日大分県条令三八号「義務教育諸学校等の教育職員の給与に関する特別措置に関する条例」三条によれば、「義務教育諸学校等の教職員のうちその属する職務の等級がこれらの給料表の二等級又は三等級である者には、その者の給料月額の一〇〇分の四に相当する額の教職調整額を支給する。」と規定されていることから考えれば、亡新三は、退職するに至るまで給料に対する右割合による教職調整額の支給を受けることができたものと認められる。

次に前記本俸、教職調整額及び扶養手当を基準として、亡新三が受け得べき年額の算定について考えるに、前記「職員の給与に関する条令」二二条、二三条によれば、本件事故当時である昭和五二年度においては亡新三は期末手当として毎年三月一日、六月一日及び一二月一日に在職した時給料及び扶養手当の月額並びにこれらに対する調整手当の合計額に、三月に支給する場合においては一〇〇分の五〇、六月に支給する場合においては一〇〇分の一四〇、一二月に支給する場合においては一〇〇分の二〇〇を乗じた額の支給を受けることとなつていたこと、また、同じく勤勉手当として前記合計額に、六月に支給する場合においては一〇〇分の五〇、一二月に支給する場合においては一〇〇分の六〇を乗じて得た額の支給を受けることとなつていたことが認められる。

ところで、右条令は、昭和五三年に一部改正され、同年一二月二三日施行されたが(同条令附則(昭和五〇年条令第三〇号)(右一部改正によれば、期末手当のうち、一二月に支給する場合の割合が、一〇〇分の二〇〇から一〇〇分の一九〇に変更されたことが認められる。そうすると、昭和五四年以降は、亡新三は一二月に受くべき期末手当は右変更された割合による支給を受けるものというべきである。

次に教員特別手当について検討するに、昭和五一年三月二七日大分県条令二号「職員の給与に関する条令の一部を改正する条令」二三条の二(義務教育等教員特別手当)によれば、「義務教育諸学校に勤務する教職員には義務教育等教員特別手当を支給する。」と規定され、同日公布の「義務教育等教員特別手当の支給に関する規則」四条によれば「条令二三条の二第一項に規定する職員で教育職員給料表(二)の適用を受けるもの、その者の属する職務の等級及びその者の受ける号給に対する別表第一(別紙義務教育等教員特別手当表)に掲げる額」と規定されていることをみれば、亡新三は、号給が昇給するに伴い、同表の同号給に該当する教員特別手当を毎月受領することができたものと認められる。

以上の事実を綜合し亡新三の退職するに至るまでの各一年間に受領し得る金額を計算すると、まず、昭和五二年度の収入については、亡新三が同年五月四日に死亡しているから、右死亡に至るまでの給料等亡新三が受領した分を差引いて計算すべきところ、弁論の全趣旨によれば同年一月から同年五月分の前記毎月受くべき給料等は受領ずみのものと認められる。そこで、亡新三が同年六月に受くべき期末手当及び勤勉手当について考えるに、前記「職員の給与に関する条令」二二条、二三条によれば、六月に支給する期末手当は六月一日に在職する職員にそれぞれ支給すべきものであるが、その基準日前一箇月以内に死亡した職員についても同様に扱われる旨規定されていることをみれば、亡新三の同年六月に支給すべき期末手当(一〇〇分の一四〇)及び勤勉手当(一〇〇分の五〇)はすでに支給ずみであるものと認められる。従つて、亡新三の同年中に受くべき給与等は本俸金一二万八〇〇〇円、教職調整額金五一二四円及び扶養手当金八〇〇〇円の合計額金一四万一二二四円に、一〇・一を乗じた金一四二万六三六二円に教員特別手当金四、五〇〇円に七を乗じた金三万一五〇〇円を加算した合計金一四五万七八六二円となる。

右事実に基き、亡新三が退職に至るまで将来受くべき給与を現価計算するため、年五分の中間利息を控除しホフマン式計算方法で計算し、生活費四割を控除して計算すると別紙給与等計算書記載のとおりとなる。

(二)  退職金 金六三一万〇〇四五円

大分県条令一〇五号「職員の退職手当に関する条令」五条によれば、二五年以上勤続してその者の非違によることなく勧奨を受けて退職した者で任命権者が知事の承認を得たものは、退職の日におけるその者の給料月額にその者の勤続期間を次の区分にその割合を乗じて得た額の合計額とする旨規定する。

一年以上一〇年以下の期間については一年につき一〇〇分の一五〇

一一年以上二〇年以下の期間については一年につき一〇〇分の一六五

二一年以上三〇年以下の期間については一年につき一〇〇分の一八〇

三一年以上の期間については一年につき一〇〇分の一六五そこで、亡新三が満五八歳で勧奨により退職した時に受くべき金額を計算すると次のとおりとなる。

勤務年数三五年

退職時の給料月額金二八万四一〇〇円

乗ずべき割合 五七・七五

退職金 金一六四〇万六七七五円

284,100×57.75=16,406,775

右退職金の事故当時の現価を前同様ホフマン式計算方法によつて算出すれば、次のとおりとなる。

16,406,775×0.3846=6,310,045

(三)  退職年金について 金二三九万七九五二円

大分県条令五三号「大分県恩給条令」四二条によれば、職員が在職一七年以上で退職したときはこれに退職年金を給すること、退職金の年額は在職一七年以上一八年未満に対し退職当時の給料年額の一〇〇分の五〇に相当する金額とし、一七年以上一年を増す毎にその一年に対し退職当時の給料年額の一五〇分の一に相当する金額を加えた金額とする旨規定されている。従つて、亡新三は在職三五年で退職するものと思われるから、その受くべき年金額は、次のとおりとする。

退職時における給料年額 金三四〇万九二〇〇円

284,100×12=3,409,200

年金額 金二一一万三七〇四円

50/100+1/150(35-17)=0.62

3,409,200×0.62=2,113,704

亡新三は、満六七歳まで就労し、満六八歳から死亡する満七三歳まで毎年右年金二一一万三七〇四円の年金を受けることになる。従つて、これを事故当時に一時に受領するため、その現価を前同様ホフマン式計算法によつて計算し、生活費四割を控除して算出すれば別紙年金計算書記載のとおりとなる。

(四) 退職後の就労 金三六五万九〇〇三円

亡新三は、退職後満六七歳まで(満五九歳は九カ月)賃金センサス昭和五〇年第一巻第一表、産業計、企業規模計、学歴計男子労働者の満六〇歳以上の給与によれば、年間金一八九万三五〇〇円の収入を得ることができたものと認められる。

従つて、これを事故当時に一時に受領するため、その現価を前同様ホフマン式計算方法によつて計算し、生活費四割を控除して算出すれば、別紙退職後の就労による収入計算書記載のとおりとなる。

2  葬祭費 金四〇万円

葬祭費として原告らが支払つた具体的な金額の立証はないけれども、亡新三が小学校の教職員をしていたことを考えると原告らは亡新三の葬祭費として少なくとも金四〇万円を支出したことが認められる。

3  治療費

これを立証すべき証拠はないから、亡新三の治療費の請求は理由がない。

4  以上のとおり、亡新三の逸失利益と原告らが負担した葬祭費の合計は金五四〇四万〇〇〇九円となるところ、亡新三にも前記のとおりの過失があるからこれを斟酌すれば、被告佐伯市及び被告日本鋪道は右損害額のうちの七割に相当する金額三七八二万八〇〇六円を原告らに対して負担すべきである。

5  慰謝料 金七〇〇万円

亡新三の年齢、職業、死亡当時の家庭環境並びに亡新三の前記過失等諸般の状況を考えれば、亡新三の精神的損害を慰謝するには金七〇〇万円をもつて相当とする。

6  以上のとおり被告佐伯市及び被告日本鋪道は亡新三に対し合計金四四八二万八〇〇六円の損害賠償をなすべきところ、原告らはこれを相続分に応じて亡新三を相続したから、原告らの同被告らに対する損害賠償額は次のとおりとなる。

(一)  原告妙子 金二二四一万四〇〇三円

(二)  原告豊及び同トミ子 各金一一二〇万七〇〇一円

六  原告妙子が亡新三の退職手当金五〇万〇四四八円及び遺族年金一一八六万三四〇九円を受領し、また受領すべきこと、原告らが自賠責保険金一五〇一万七〇〇〇円を受領し、これを法定相続分に応じて原告らの損害の填補にあてたことは当事者間に争いがないから原告らの損害填補額は次のとおりとなる。

(一)  原告妙子 金一九三七万二四五七円〔更正決定金一九八七万二三五七円〕

(二)  原告豊、同トミ子 各金三五〇万四二五〇円〔更正決定金三七五万四二五〇円〕

原告らの前記損害から右填補額を差引けば、原告らの残存損害は次のとおりとなる。

(一)  原告妙子 金三〇四万一五四六円〔更正決定金二五四万一六四六円〕

(二)  原告豊及び同トミ子 各金七七〇万二七五一円〔更正決定金七四五万二七五一円〕

七  弁護士費用 合計金一七〇万円

(一)  原告妙子 金三〇万円

(二)  原告豊及び同トミ子 各金七〇万円

八  結論

以上のとおり、原告らの被告佐伯市及び被告日本鋪道に対する本訴請求中原告妙子につき金三三四万一五四六円〔更正決定金二八四万一六四六円〕、原告豊及び同トミ子につき各金八四〇万二七五一円〔更正決定金八一五万二七五一円〕と、このうち原告妙子につき金三〇四万一五四六円〔更正決定二五四万一六四六円〕、原告豊及び同トミ子につき金七七〇万二七五一円〔更正決定金七四五万二七五一円〕に対する昭和五二年五月四日から右各支払すみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるからこれを正当として認容し、原告らの被告佐伯市及び被告日本鋪道に対するその余の請求並びに原告らの被告御手洗及び被告中央交通に対する請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武部吉昭)

逸失利益計算表

(1) 給与及び年金

〈省略〉

亡新三は昭和83年3月末(58歳)に定年退職となる。

退職後67歳までは就労可能であり、その間年額1,893,500円(賃金センサス昭和50年第1巻第1表、産業計、企業規模計、学歴計男子労働者の年齢別給与等による)の収入を得ることができる。

又退職後生存期間中(73歳まで―昭和50年簡易生命表)年額223万660円の年金の支給を受ける。

(2) 退職金

亡新三は定年退職時に2,122万5,204円の退職金の支払を受けるが、これを事故時の現在価額に換算すると816万3,213円となる。

21,225,204×0,3846=8,163,213

給料表

昭和52年度教育職給料表(二)

2 等級

〈省略〉

義務教育等教員特別手当表

教育職給料表(二)の適用を受ける者

〈省略〉

年金額計算書

〈省略〉

退職後の収入計算書

〈省略〉

亡新三の給与等計算書

〈省略〉

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